巻頭エッセイ

 

暗斑状のエリュシウム山は地球上から検出できるか

クリストフ・ペリエ、近内 令一

CMO/ISMO #388 (25 August 2011)

(譯・近内 令一)

 


English


星観測者たちはここ何年にもわたってこの赤い惑星上の超巨大火山群を独特の様相として画像に捉えてきた:立体像として明瞭に画像上に記録されるのである。オリュムプス山やアルシア山、アスクラエウス山、パヴォニス山のいわゆるタルシス四山はいくつもの画像上に暗赤色の斑点として姿を現わす。位相角の大きい矩の頃に観測すれば、地球から十分検出できるような蔭を生じ得るほどこれらの火山は巨大なのだ(脚注1)。火星像の欠け方の大きい時の陰影効果は非常に強力なので、上記四大火山の蔭付き像のみならず、周囲のタルシス台地表面の荒れた様子がさらに立体陰影として火星画像上に浮かんで見えることさえある。

 となると、まず不思議に思えてならないのは、火星上のもうひとつの巨大火山であるエリュシウム山がなぜ画像上で暗斑として姿を見せないのか。これは間違いなく地形学的なスケールの差異ということで説明できるのだろう:しかしながら、過去の画像記録を見直してエリュシウム火山の本体が明らかに検出記録された例があるかどうかを探り、もしあるならばどのような見え方で画像上に示されてきたか調査するのは興味深いことであろう。

 

探査機による画像

 マーズ・グローバル・サヴェイヤー(MGS)は火星面の見事な立体地形図の数々を提供した。図1及び2にはMGS資料によるエリュシウム山とタルシス火山群との比較が示されている。エリュシウム山は確かに高い山ではあるが(周囲の平地から14kmの高さ)、タルシスの同類たちと違って面積が狭く、こぢんまりとした円錐形をしている。そのすぐ北にはよく似た外形の古い火山、ヘカテス丘陵がある。これもしばしばエリュシウム山に寄り添って検出されるので要注目。

 

MOLA (Mars Orbiter Laser Altimeter)による擬似カラー画像を使用。火星の立体地形の高さが色分け表示されている(白色が最も高い)。見ての通り、タルシス火山群(オリュムプス山(OM)およびアスクラエウス山(As)、パヴォニス山(P)、アルシア山(Ar)、アルバ山(AP))に比べて、エリュシウム山(EM)とヘカテス丘陵(HT)はスケールでいささか見劣りする。上方が南。

MGSによるカラー画像。エリュシウム山()とヘカテス丘陵()。上が南。

 

画像調査の留意点

 火星接近シーズンの東西の矩のあたりで、地球、火星、太陽が作る角度(位相角)が最大になる頃が立体陰影効果を観察するのに最適の時期となる。地心離角が90ºとなるこの時期には、大、中接近以外のシーズンでは当然のことながら火星の視直径は小さい。2003年の超大接近期の画像を振り返って見ると、タルシス大火山群の立体陰影像は8月中旬、すなわち太陽の地心離角150º160ºあたりまで辿ることができ、オリュムプス山本体はさらに衝近くまで見分けられる。もちろんエリュシウム山とヘカテス丘陵はずっと小さな火山なので、検出可能な期間はさらに短くなることが予想される。この点から見ると、地心太陽離角にして100ºないし130º140ºあたりまでが検出の好期となろう。この期間では火星の視直径は、我々の期待をつのらせるほどに十分魅力的に大きい。

 火星の季節の指標となる火心黄経(Ls)の状況も考慮が必要である。火星のどんな接近期でも同じように具合が好いとは限らない。とりわけ、火山の上で山岳雲の活動があると、火星面地肌の細かく微妙なディテールを検出する如何なる試みもあらかた水泡に帰すことだろう。従って、エリュシウム山を捉える最良の季節は火星北半球の秋から冬を通して(180º360º)ということになる。秋冬には巨大で分厚い北極フード内部に大部分の水蒸気が保持されて乾燥した気象条件となるからである。地球/火星軌道図を眺めれば地球から見た有利な視直径ともかけ合わせになるが、火星北半球の秋から冬にかけて衝が起こる近日点寄りの(大接近寄りの)接近期が望ましいことが容易に分かるだろう(遠日点寄り/小接近寄りの接近期は12月中の火星の北半球の春分λ=000ºLsあたりから始まり、春から夏にかけて衝を迎える)

 タルシス火山群について上記と同様な条件下での画像上の現れ方を想定するならば、暗色の斑点、それも恐らく赤味を帯びた暗赤色の斑点を探すことになるだろう。タルシスの巨大火山の地肌は実際に暗赤色で、種々の画像にそのような色調で記録されてきている。照合の好い目安として、B画像を単独でしっかり観察するという手もある; 赤い色調は青色域での強い吸収を示唆するから、火山本体の暗斑は短波長域で強調される可能性がある。これもタルシス地域の写真画像データから導かれた所見による(3参照)

 

3:Don PARKER (DPk)2003年に撮ったこれらの画像には、欠け際近くでのタル
シス地域の地形の立体構造が見事に示されている。アルシア山(Ar)とオリュムプス山(OM)RGB画像で明瞭な暗赤色の斑点として見えている; B光画像ではOMはこの火星像全体の中で最も暗い模様として写っていて、その暗部が強い赤味を帯びていることを示している。

 地心太陽離角は132ºW、視直径は18.9″に達している。

 

 立体陰影であることを証明する別な方法は、蔭の形状が火星面の時間経過とともに変化するかどうかチェックすることである。候補となる暗斑はその場所の太陽高度が低くなるに従ってどんどん濃くならなければならない。しかしながら我々の目標であるエリュシウム山とヘカテス丘陵については、まずそれらのサイズが小さいこと、そしてタルシス地域に比べてエリュシウム地方には蔭と見紛うようなややこしい暗色アルベドー模様が多いので、時間経過に伴う蔭の変化を画像上で上手いこと捉まえられる見込みは薄いかもしれない。

 最後に挙げる考慮点は、エリュシウム地域の火山本体を検出するのに適した撮像要領である。表面模様としてしっかり捉えるには赤色光が好いだろう。良好ないしは最良のシーイング条件でない限りこれらの火山の検出は望めないので、赤外光での撮像は巧くないだろう。解像度を損なう訳にはいかないからである(解像度の点で、IRはシーイング不良のときにのみ赤色光に勝る)。どんな広域IRフィルター或いはR+IRフィルターよりも、可視領域のRフィルター(例えばAstronomik社製のような)の方が好いだろう。また、B画像を伴ったtrue-color画像(RGB、もしくはtrue LRGB)も欲しい。対象地形の色調の情報も収集したいからである。

 

地球からのプロ機材による成果

 プロ機材による画像からは興味深いデータが得られている。ハッブル宇宙望遠鏡は1995年にエリュシウム地域の二つの火山の山体を明瞭に画像に捉えており、またJean-Luc DauvergneFrançois Colas200711月にピク・デュ・ミディ天文台で同様の画像を得ている(4)。双方の画像とも両火山を立体的な斑点として示している。

 
図4HSTによるエリュシウム山(EM)とヘカテス丘陵(HT)の画像(左:1995225 F673Nフィルター、λ=064°Lsω=152°W)及びピク・デュ・ミディの1m反射望遠鏡による画像(右:20071118 IR 850フィルター、λ=349°Lsω=236°W)1995年のHSTの画像にも見えているタルシス火山群と比べるとEMHTのなんと小さいことか!

 Images© STScl and © IMCCE/S2p/OMP/Jean-Luc Dauvergne/François Colas

 

過去の火星接近期のアマチュアによる画像の再調査

2007年シーズンには最良の候補がいくつも見つかる。ピク・デュ・ミディで得られた画像は我々にとって千金の価値がある。同時期に撮られたアマチュアによる画像と旨い具合に比較できて、エリュシウム地域の二つの火山がどのように見えているのか対照できる。図5に結果を示す。

 

5: WinJuposで貼り付けマップを作成した。Bill FLANAGAN (WFl)
Damian PEACH (DPc)、及びPaulo CASQUINHA(PCq)の画像とピク・デュ・ミディ(PdM)の画像を比較している。総ての画像は互いに10日以内の期間に撮られており、中央経度も近い。火心黄経348°Lsから354°Ls、地心太陽離角は133ºから143º

 WFlの画像は非常にそれらしく、二つの火山ともに西側(右側)の山腹が陽光を浴びて明るく、反対側の山腹は蔭っているように見える。DPcの画像も同様だが鮮鋭度がやや低い; もっとも、中央経度が異なり、両火山は夕暮れの暗がりに向かって移動している。PCqの画像も好い候補だが鮮鋭度は少々低い(オリジナルの画像ではもっと確実度が高く見える)DPcPCqR画像;WFlのカラー画像を選んだ理由はこの観測者がtrue LRGB法を採用しているからである; 彼のカラー合成像は概ね単独R画像よりもシャープである。

 

 Damian PEACH20071116日の00:22UTから03:04UTの長時間にわたってドンピシャのR画像シリーズを撮った(RGBG及びB画像もある)。これらの一連の画像上に時間の経過に伴うエリュシウム山とヘカテス丘陵の外観の段階的変化を認めたいという誘惑には抗し難いが、シーイングの効果や画像処理のバラつきの影響を差し引いて考える必要はあるだろう。最初の画像ではこれらの火山は非常に明るく、続くフレームで次第に暗く変化していくように見えるだろうか。図6参照。


20071116日のDPcのR画像シリーズ(時刻はUT)。乞投票:読者各位には立体陰影の変化が見えますかねそれとも見えないですかね

 

 2007年より前の接近期は大きく期待はずれとなる。視直径は大きかったが、候補の画像の具合は芳しくない。2003年には理屈の上からは諸条件は申し分なかった―まあ地球の北半球の大部分の観測者にとって火星の地平高度は低かったが。しかし惑星撮像システムが大発展を迎えるのは数年後で、未だアマチュア機材での惑星画像の質はさほど好くなかった(脚注2)。香港のEric NG (ENg)の撮った画像のひとつは、さあこの立体像はどうだと挑発刺激的であるが、蔭の出難い衝のときの撮像である。読者諸氏自身の目で図7で吟味してほしい。

 


2003年のEric NGによるこの画像では、エリュシウム山が立体陰影画像として見えるかどうか判断を迫られる(左は通常のカラー合成画像。右ではR画像をカラー化して火星面地肌のディテールを強調した)。まあ、ほとんど衝当日(828)に近い撮像で、理屈の上では蔭が出難いということで具合は好くないけれども。しかしながら、太陽が南半球を好く照らしつつ、エリュシウム火山は北半球深くに位置するため火星画像の北縁に非常に近いところに写っている。通常、衝のときには蔭は見えないことになっている…しかしこのときには太陽の火心赤緯(Ds=23º)と地球の火心赤緯(De=18.4º)の間には大きな隔たりがあり、理論上ではエリュシウム山の位置で蔭が見えても好いことになろう。ともかくも同火山はこのRGB画像上で赤味がかって見えている;残念ながらToUcam Proから抽出したB画像は色や蔭の確認の役には立たない。この画像は視直径が25秒角以上のときに撮られている。(訳者注:著者の一人(Kn)は初め衝時の火星面では周縁に近い部分でも全く影は期待できないと考えていた(英文CMO38773日付けのLtE参照)。しかし共著者(CPl)の「衝時でも像周縁部で立体陰影が見える可能性がある」という指摘を受けて、球体模型を使って簡単な室内シミュレーションを実施して、「満火星」のときでも火星像周縁部の巨大なマウンド状地形に立体陰影像が見える可能性があることを確かめた(英文CMO#388725日付けのLtE参照)。マウンドの傾斜がゆるやかというところがミソで、太陽から遠いサイドの蔭っている山腹もこちらから見えるのである。より急峻な山体だと蔭を自ら隠してしまう“shadow hiding”で立体効果は出ないかもしれない。)

 次に来るのは2005年の火星接近期である。視直径は小さくなったが(それでもまだ非常に有利)、少なくとも2003年時よりカメラの性能がグッと向上したのでさらに好い結果が期待できる(脚注3)。図8DPcEd GRAFTON (EGf)の画像にはエリュシウム山が暗斑として出ているように見えるが、ヘカテス丘陵は既に夕闇の中に沈みかかっている。

 


2005年シーズンに撮られた画像。左:2005101EGf(λ=298°Lsω=236°W、地心太陽離角136°)。この画像は青の波長域を除いた輝度情報から合成されている(IR+R+G/RGB)。右:920DPc撮像の赤色光画像(λ=291°Lsω=228°W、地心太陽離角125°)

 

 2001年接近期には候補となる画像は見つかっていない。続くシーズンにブレイクが始まるアマチュア画像の解像度の改善を目前に、この年の画像の鮮鋭度は未だ低い;The Great Dust Stormでシーズン後半がぱあになったのはもちろんのことである! つい先頃の2009/2010年接近期には山岳雲の活動に妨げられてエリュシウム地域の火山の検出は困難だった(視直径も小さ過ぎた)

 

明るい輝斑状のエリュシウム山

 アマチュアによる画像を調べ直していくと別な要素が見えてくる。好く知られたことだが、衝のときに地球から見ていて、立体的地形の斜面が旨い方向に向いていて我々の方に太陽光を反射してくれるとそこが明るく輝くことがある。2005年の衝のときのタルシス火山群は強烈に輝いた。エリュシウム山とヘカテス丘陵もまた衝あたりで輝く。位相角の大きいときにも立体陰影暗斑として容易に捉えられるタルシス火山群と異なって、サイズの小さいエリュシウム火山群を検出するのには、輝斑として見える衝の近くがベストの時期だろう。このような様子は中口径の望遠鏡でも検出可能だろう。図92007年の衝近くの際立つ画像を示す。

 

Paulo CASQUINHARGB画像には衝(20071224)の近くで明るく輝くエリュシウム山とヘカテス丘陵が見事に示されている。

 

 “輝くエリュシウム山現象”には、しかしながら、接近シーズン毎に色々違いが出る。20101月末の衝のあたりでは、明るいエリュシウム山を示す画像を見つけるのは非常に難しい;何とか見つけた二葉の画像には、2007年のCASQUINHAの画像に比べて遥かにかすかに淡く輝くエリュシウム地域の二火山が認められる(10参照)―これはひとえに、たまたまこの二画像を撮ったときに山岳雲の活動がこの地域で無いとは言わなくても非常に弱かった(少なくとも陽の高い間は)おかげで検出が可能になったのだろう。衝近くの別な日にさらに口径の大きな望遠鏡で撮った画像上には何も認められない。2010年シーズンは火星の傾き加減(De)の具合が好くなかったと言うべきだろうか;火山の山腹がそれ以前の接近期のときほどはこちらに旨く向いていなかったということになろうか。

 そう言えば、2005年の衝付近で燃え上がるように明るく輝いたタルシス火山群が他の接近期ではさほど明るく目立たなかったのに対して、エリュシウム火山ペアは2007年シーズン(De)に最も顕著に輝斑状に見えたことになる(脚注4)

 

10:≪明るい≫エリュシウム山とヘカテス丘陵だが輝きは鈍い。2010年の衝近くで
の画像。

左:Efrain MORALES (EMr)による121日のRGB(λ=041°Lsφ=16°N)。右:Bill FLANAGAN (WFl)による翌日のLRGB画像(Lsφは同じ)

 

 さて結論となるが、我々の機材によって得られたエリュシウム山とヘカテス丘陵の立体陰影像効果を示すそれらしい画像はいくつかあったものの、確固とした例は見つからなかった。タルシス火山群の場合と違って、エリュシウム地域の火山群の本体を捉えるには、陰影の形成でなくて、衝に近い時期に明るく見える輝斑状の山体を探すのがベストであろう。そういう訳で、本稿の表題とは裏腹に、当該火星火山地形の検出の合言葉は 明るく輝くエリュシウム山! ということになろうか。

 これからの接近シーズンはエリュシウム山検出にはしばらく全く具合が好くない。火星の視直径は2016年まで小さいままだし、火星北半球の夏期で山岳雲の活動がピークに向かって活発になる時期だし、火星の地球に対する傾き具合も芳しくない…好条件が再び揃うまでかなりの年数待つことになる。

 

脚注

 (1) 2009/2010 CMO『火星通信』火星観測ノート(11)《位相角の大きいときのターミネータ近くでの火星火山》南 政次CMO#383(10 Apr 2011) を参照のこと。

  http://www.kwasan.kyoto-u.ac.jp/~cmo/cmo/383/2009_2010Note_11.htm

 (2)2003年シーズンに最も広く使用されたカメラは、後の改良機種に先立つToUcam Pro color webcamであった。当時は画質の飛躍的な向上をもたらしたが、時を経て今思えば、本稿の目的を満たすには不十分な画像性能であったと感じられる。

 (3)2005年接近期にはモノクロカメラが広く普及を見た。その多くはraw imageを記録できるように改良された(«raw mode») webcamで、その画質はすでに改良していないToUcam Proの数段上をいくものであった。しかしこの時期すでに、この年に導入されたLumenera LU075Mを始めとする次世代カメラを試すアマチュアも現れた。

 (4)2005116日の衝の当日にHST(ハッブル宇宙望遠鏡)が撮った画像にはエリュシウム地域の二つの火山の本体が小さく、非常に明るく輝いて見えている。画質のスケールが違うけれども;同日に撮られたアマチュアの画像にはこれらの火山の輝斑は2007年シーズンのときほどは明瞭に記録されていない。

 


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